エーデルワイス

 

 

春麗 チャリを漕いで坂道を下っていた

ふと横を見たら鮮血 腸 猫の死骸が転がっていた 

桜が舞い散る中、それすらも綺麗だと形容すべきなのか、無機物は無関心であり、人間もまた、そうであるべきなのだと自分に言い聞かせ、ペダルを踏み直し、地獄へ向かう こんなことは日常茶飯事だし、私が悲しむ理由はどこにだってないのだ それなのに、ほんの少しの罪悪感を抱くのは、私が偽善者だという証明に成りうるのだろうか 帰る頃にはきっと私は猫の存在など忘れているだろうし、結局生きてるものしか目には入らない 死んだら無価値に等しいのだ それが猫であれ、人間であれ そんなことを考えていると、生きている時から無価値な自分はどうなんだと失笑 生きてこそ、なんて所詮綺麗事でしかない 綺麗事で生きられるほど世の中甘くは無いし幻想を抱くには歳を取りすぎた

ふと思うが、昔の自分と比べて随分つまらない人間になったなあと実感 別に昔が面白かったという訳では無いけれども 年々こぼれ落ちて行く中身 失っていくものしかない 得るもの何もなし 自分がどういう形で保っていたのかも忘れていくし頭はどんどん思うように回らなくなっていく どうすればこの息苦しさから開放されるのか いや死ねばいいだけだけど 誰と話しててもどこで何してても現実味がない ここじゃない 貴方でもない それじゃあ私はなんなのか 信じられるものや拠り所にするものが何も無い 縋りたい訳じゃないけど逃げ場がないのでひたすら架空の敵を作って勝手に追い込まれている 身を守る術がそれしかない 虚像で胸張ったって結局すぐボロボロになるだけだしもう何も期待したくない 嫌いなものはいくらでも語れるのに、好きなものについては本当にそう思ってるのか?と疑問がついて回る

それでも夕陽が溶けた図書室で、陽だまりの中、かつての私には逃げ場があった それが救いで、唯一だったから 貰ったものをずっと使い続けている これが未練ってやつですか? 行かなかった成人式 唯一返信をした 今度もし会えたらあの時はありがとうって伝えたい 私それだけで生きられたんだよ