微熱

 

 

学生の頃は、街で嗅ぎなれた臭いにすれ違うと、狭い家の台所で煙草を吸う祖母の姿がすぐに呼び起こされたのだけれど、今はもう、どんな臭いだったかも思い出せずにいる きっともうすれ違っても私の全部を通り越して、その空気の中に思い出も一緒に溶け込んで無くなってしまうのだろう 銘柄を聞いても誰も答えてはくれない 知ったところで別に吸う気も無いし、実の所、そんなに気になっている訳でもないし感傷に浸っている訳でもない ただ何となく、過ぎ去っていくものが多すぎて、私の中に何も残らないのが虚しくて仕方ないのだ あれだけ毎日一緒にいたって生きてく環境や付き合う人間が変われば次第に疎遠になっていくものだし、久しぶり、っていう連絡に対してどう返答していいものかわからず、永遠に放置している 自分に対する他人の気持ちが分からなくて、知りたくもなくて、何となく気にかけられているのかもしれないと自覚すると気持ち悪くて仕方ない 誰の記憶にも残らずにいたい 覚えられている、ということが恐怖でたまらないのだ 別に後ろ指をさされるような事をした記憶は無いけれど、いつだって自分に良い印象はない あの頃こうだったよねとか言われると嫌な気持ちになるのだ 自分の触れてほしくない柔いところをほじくられているような気分で居心地が悪いし、嫌な事ほど鮮明に覚えているのでタチが悪い 大切だったはずのものは思い出そうとしても思い出せなくなっていくのに 交わした言葉は他の兄弟と比べて少なかったと思う 私は触れてほしくない箇所が多過ぎて、他人に干渉されることを恐れて家族ですら距離を置いていた ショッピングモールに行ったってひとりで本屋に入り浸り、道行く他人をこっそり観察して、自分の世界はどうしてこうなんだと悲観的になったりもした 昔からひとりになりたかった それなのにひとりで生きていけると思うなって実の親に呪いをかけられるし、それがずっと脳裏に引っかかって自己肯定感を失う日々 結局私は何をやってもうまくいかないし、自分も他人も大切に出来やしない お前とそっくりだよなって常々思うよ 私手に取るように分かる だからずっとお前の事悪く言うのに罪悪感を抱くんだ 結局遺伝子コピペ 俺がお前でお前が俺 私が寂しがり屋で誰かに肯定されたくて、他人の温もりを求めていたらきっとお前になるんだと思う でも私そうなりたくないから死にたいんだよ だって結局無意味じゃん 折角買った家だって皆居なくなったら伽藍堂じゃん ひとりで生きていきたくなかったらもっと他人を大切にすべきだったんだよ だから私はお前と同じで他人を大切にすることが出来ないからずっとひとりでいるんだよ お前には一生分かんないだろうけど 理解したようなフリして私の考察してくれてありがとう あながち間違っちゃいないけど解釈違いだよ 私は全然愛情に飢えてなんかいないし結論的に言うと他人のことなんかどうでもいい 後ろ指刺されるのが面倒で悩んでるフリしてるだけなんだよ 均等が取れる気がするんだ 人格も性格も情緒も破綻している でもこんな風に中身空っぽにしたのお前だよ 産んだ責任取って早く殺してよ そうしたら愛って何なのか分かる気がする